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仁王くんがすごくヒステリックです。かっこいいキャラ観を崩したくない方はご注意下さい。




突然だが、俺の恋人はたいそう嫉妬深い。
二人でデートをしていて入った店先、注文した品を運んできてくれた店員へ礼を言えば「今の子かわええと思ったじゃろ」と言うし、スカートが短すぎる女子高生を指して同意を求めるように苦笑すれば「でもああいうんがええんじゃろ」とつっけんどんに言い放つ。ついこの間も二人で臨海公園に行った時、ちょうど座ったベンチからウエディングクルーズが見えて、遠目でうっすら見えた花嫁の純白のドレスとキラキラ輝く海面のコントラストがとても絵になっていた。まさにこれから新たな人生の一歩を踏み出すにふさわしい光景にこちらまで幸せな気分になって「綺麗かねぇ」とつぶやけば横に座った恋人がいきなり激昂し「そんなにあれがええならおまえなんてあの船に乗ってどっか行ってまえ!!」と涙声で言い放ち、その場でひとりで帰ってしまったのだ。
こうして外に出るともはやデートどころではなくなってしまうことも多く、最近はもっぱら家の中だ。もちろん自宅だからといって気は抜けない。ふと目を離せば俺の携帯を勝手にいじって、メールから電話の着発信履歴までチェックしているからだ。こないだまではそれを防ぐためのパスワードを設定していたのだが、それはそれで「なんかやましいことがあるんじゃろ!」と詰め寄られ、またいらない喧嘩をしてしまうのでやめた。
とにかく俺の恋人は「そもそもどうして俺と付き合っているのだろう?」と思うほどに俺を小指の先ほども信用しておらず、例えば俺が用を足して「今日のしょんべんはいい色ばい」とでも言おうものなら「じゃあおしっこと結婚してまえ!!」と本気で泣きわめきかねないレベルだった。ちなみにこれはギャグでもなんでもない。
付き合いだして初めてのデート、適当に入ったゲーセンで自分が好きなジブリのグッズを見つけ、珍しくUFOキャッチャーなどをやってみようと意気揚々とポケットの小銭を探っていると「そんなにトトロが好きなら、トトロと付き合えばええんじゃ!!」と言い捨てて走って帰ってしまったことは生涯忘れないだろう。
(一旦スイッチば入ると、人の話も全く聞かんけんね…)
初デートで置き去りにされ、一人寂しくクレーンゲームをしたことを思い出す。
普段飄々としている分恋愛に対してもドライなタイプだと思っていたのでこういう激情的な面を知った時はただただ呆気にとられたが、付き合いだしたのは中学の頃なので、期間にすればもう今までの人生の三分の一程も共にしていることになる。しかし俺も恋人もいっこうに学習能力がないのか、外に出れば未だに俺は彼を怒らせたし、彼は話も聞かずに一方的に俺をなじった。俺たちの関係を知っている友人からはそんな状態でどうして恋人関係が続いているのかと心底疑問そうに聞かれることが多いが、これは自分でも本当に不思議だと思う。
そして俺は相も変わらず、今日も彼を怒らせていた。波風を立てたくないのでいつものように家でデートをしていたのだが、彼が急に「何か洋画のDVDが見たい」と言い出し、二人で近所のレンタルショップへ向かった。問題を起こしたくないのにあえて二人で行くのは、俺一人で行くと「こっそりAV借りる気じゃろ!」となるし、彼を一人で行かせると「俺がおらん間に電話かメールしたい相手がおるんじゃろ!」とまた噛み付かれてしまうからだ。

流行りの曲ばかり集めた有線が流れ、たくさんのCDやDVDが並ぶそこでも細心の注意を払った。無意識に歌手や女優を褒めないように気を配り、特にAVコーナーには視線すら向けないように徹底的に避けた。色々手に取るうちに彼も気に入ったDVDがあったらしく(ことごとく恋愛脳のくせに、選んだのはなぜか戦争映画だった)、レジで会計をする。
「これだけでよかと?四枚くらい借りたほうが得らしかばってん」
「おん。どうせすぐ観終わるし、一泊二日でええよ」
「了解ばい。じゃあ、これだけお願いします」
これであとは刺激しないように家に帰るだけだとディスクが入った袋を受け取ったのだが、そこでついつい気が緩んでしまった。袋の表面に見知らぬキャラクターがプリントされていて、『宅配レンタル始めました!』というポップな文字の横で、やる気のなさそうなアルパカがこちらを見ている。
「ははっ!何ねこいつ。むぞかー」
ハッと気がついた頃にはもう遅い。隣の恋人はぷるぷると震え、親の敵でも見るような視線をこちらに向けている。これは違う、と言い訳しようと口を開けば、同時に全体重をかけた力で思いっきり足を踏まれた。
「ぃッ〜〜〜〜!!?!」
あまりの痛みに声が出ずその場にうずくまる。いつものように鉄下駄を履いていたので、素足はほぼむき出しだ。生理的な涙が滲む。見事に足の甲全面が赤くなっている様を確認していると、恋人は俺の手からDVDが入った袋をひったくり、自動ドアをくぐって出て行ってしまった。
「あ、あの…大丈夫ですか……?」
コップに入った水をいきなりぶちまけたような出来事に心配した店員がレジ越しに声をかけてくれる。
「あ、だ、大丈夫です…」
むしろこんな場面を見られてはそれこそ一大事だ。びっこを引いてひょこひょこと立ち上がり、レジ向かいのCDコーナーを見る。
(ああ、あのアーティスト、最近CMでよく聴くばい)
音楽には詳しくないが、暇つぶしに適当にCDを手に取った。あっちもこっちも恋愛の歌。四枚目のCDを手に取り歌詞カードを眺めていると、横から伸びてきた手に勢い良くカードとCDを奪われた。
「なんで追いかけてきてくれんの!!」
再度店に戻ってきた恋人は理不尽な怒りを俺にぶつけた。頬を真っ赤に蒸気させ、吊り上がった目尻にはうっすらと水がたまっている。俺は奪われたカードとCDを引き取り、ケースに直して元の位置に戻す。
「雅治がこっちに来てくれるけん」
寂しくなった手を埋めるように、そのまま彼の手を握った。恋人は吊り上げた眉と目はそのままに、白い肌をボッと音がしそうなほどに首元まで赤く染めあげる。レジの店員をはじめ、店中のぽかんとした視線を背中に感じながら店を出た。
「もう!もう!離しんしゃい!!」
「ダメばい。家までこんまま」
「嫌じゃ、嫌じゃ!もう、お前なんてきらいじゃ!」
手を繋ぐというより、ぎゃあぎゃあうるさい彼をズルズルひきずっていると言ったほうが正しい。住宅街の中、通行人の視線が集中する。恋人のかんしゃくは場所も時間も問わず起こるので、向けられる奇異の目線にはすでに慣れっこだった。
「嫌いじゃ、大嫌いじゃ!」
「はいはい。俺は好いとうよ」
言えば、ひきずっていた身体が踏みとどまったのかグンッと動きが止まる。振り向くと、先程と同じく鬼のような顔をした彼が頬をふくらませ、瞳には今度はまばたきをすればこぼれてしまいそうな水の膜をたたえていた。
「もう、お前なんて知らん!!別れる!!」
「へぇ、そうなん」
「冗談じゃと思っとるじゃろ!本気じゃからな!!」
「はいはい」
きっと明日もあさっても、またいわれのない難癖をつけられなじられるに決まってる。横暴で、ヒステリックで、人の話を聞かない彼とはいつも大喧嘩だ。離せこのでくの棒とか股間凶器とか、背中に叩きつけられる罵詈雑言を適当にあしらいながら家までの道を手を引いて歩く。
家に帰れば初デートの際、俺が可愛いと言って怒らせ帰ってしまった原因である白い小トトロのぬいぐるみが、年季で少し黄ばんでしまった今も大切そうに飾られてある。デートの翌日、俺はあそこまで彼を怒らせてしまったのは自分に非があったからだと思いこみ『怒らせちゃっちごめんな。これ雅治に似とったけん、むぞらしか思って』と苦労の末ゲットしたぬいぐるみをプレゼントしたらぼろぼろと泣かれて、また慌てることになったんだっけ。
とかく俺の恋人はまるで義務のごとくひたすらに疑いの種を探しては勝手に悲しみ、それを理不尽な言いがかりに変換してはこちらにぶつけてくるという迷惑極まりない奇天烈な男で、そして何に関しても無神経な俺はどこまでも疑心暗鬼な彼を安心させてやることなど一生できないだろうから、せめて一生、繋いだ手だけは離さないでいようと思うのだ。
情けなくおろおろと彼の涙をぬぐったあの日からずっと、変わらない愛の歌が流れ続けている。

(20111027)