千歳はよく、俺のうなじにかかる髪で遊ぶのが好きだった。櫛でとかしてみたり、みつあみをしてみたり、枝毛を探したり。
そしてソファに座る千歳の足の間でラグに座り適当に雑誌をめくっていた今もそれは例外ではなく、千歳の節くれだった長い指が髪の毛をとかす。とかして、結んで、ほどけて、編んで。
「なぁ、ええ加減飽きんの?」
「ん?何が?」
そう問う間も指はくるくると俺の髪を巻き取り、自分からは見えないが螺旋状に絡み付いたその様はさながら白蛇のようであろう。
「雅治のこん髪ば好いとうよ。上のほうは結構癖あるばってん、しっぽはさらさらでストレートなんやねぇ」
「ん…くすぐったいぜよ」
しゅるりとほどかれれば今度はうなじの生え際をこちょこちょとくすぐられる。
まぁ確かに髪質に関しては、千歳より恵まれているのは確実だろう。
「それに、いつみても根元まで綺麗な銀色ばいた」
その口ぶりは、どこか夢を見ているようだった。違いない。自分たちはいつか醒める、夢物語の中にいるのだ。
「そこまで言うんじゃったら、切ってやろうか」
この「切ってやろうか」はけして捻くれや当てつけの意味ではなく、「切ってお前にやろうか」という意味だ。
そう告げると千歳ははたとひとつまばたきをした。
「お前にやるきに、持っててよ。そんで俺がお前から離れたいとか言ったら髪の毛一本藁人形に詰めて、金づちと杭で心臓ひとつきにしてもええよ」
そしてそのあとは蒲公英の綿毛のごとく、残った毛束を風に飛ばしてほしい。
「出来たら海辺、風の強い日がええのう」
遺骨はいらない。瞳を閉じれば、岬からカモメのように大海原へ飛び立つ自分の髪の毛が見えた。陽の光を反射して、ホログラムみたく輝く海。ああ、自分の育った街を思い出す。
「…そげんこつ、言わんでよ……」
風景画に引き込まれていた心を呼び戻したのは、千歳の泣きそうな声だった。
「雅治と俺は、ずっと一緒ばい。俺たちはずっとずっと、一緒におるとや…」
幼い子供がいやいやをするように、千歳は俺の首筋に顔を埋めた。背後からきつく抱きしめる腕の力が緩むことはない。
「知っとるよ。俺はどこにも行かん。ずっと、お前の横におるよ」
それに鎖に繋がれたこの足で、一糸纏わぬこの姿で、一体どこへ行けると言うのだろう?
「じゃからお前も、俺だけ見とってな」
そうある限り俺達は、この狂気の檻を花で満たすことができる。
そしてうっとりと細められた瞳の熱を汲み取るより早く、唇を奪われた。褒めてくれた髪の毛に大きな掌が差し込まれ、口づけの深さは増していく。熱くて長い、千歳の舌。
粘膜どうしが触れ合うえもいわれぬ快感にまなじりに涙をにじませながら、心は千歳、千歳と声をあげていた。
(髪の毛な、もうボサボサで、半分も地毛になっとるよ)
日に日に面積を増していくそれは、真実を暴く色だ。
自分を閉じ込めた千歳が、どうかこの夢から醒めてしまいませんように。
はらりと落ちた一本の髪の毛。大空を舞うはずのカモメの片翼は、黒く壊死していた。