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ふたりが幼馴染設定です。
ユウジが軽く情緒不安定で少しだけ暴力表現あり。
午後練が始まる前、今日は自分にしては珍しく早く部室に着いたので、たまには備品の用意でもしてやろうと部室を出て戻ってみれば、先程までそこにいたはずの彼の姿はなくなり、代わりにもう一人の先輩がロッカーを開けて着替えをしていた。
「ユウジ先輩、謙也さんどこ行きました?」
剥き出しの背中に問えば、バンダナの下からお世辞にも良いとは言えない鋭い目つきでこちらを見やったそれはすぐに前を向く。
「なんか喉渇いたから、ジュース買いに行く言うてたで」
「ふうん。どうも」
じゃあ今から追いかけたら追いつくことはできなくても、部室へ帰って来る彼と鉢合わせくらいはするはずだ。ちょうどいいので何か奢らせてやろうと目論み扉へ向かうと、ドアノブを掴もうとした腕が逆に強く掴まれた。
「…何すか?」
「行くん」
謙也のとこ、と続けた表情に相変わらず変化はない。抑揚のない声と下がった口角と、どことなく陰気な目。感情を滲ませるパーツがほぼ皆無の中で、俺の腕を掴みそこに込められた力だけが彼をうかがい知るすべてだった。
「そうやったらなんなんですか?」
質問で返す自分の意地の悪さも大概だと思ったが、完全に無関心でもなければこんな煮え切らない態度をとられることに、忘れたはずの遠い記憶がひょっこりと顔を覗かせ苛立ちの芽が出る。何を今さらと思うわけではないが、ずっと前に俺を突き放したのは彼のほうだったからだ。
「離してください」
「いやや」
「ほんまガキっすか、アンタ」
その年上とは思えない幼稚さに思わずため息をこぼせば、彼は独特の少し鼻にかかった声でなんで謙也なん、と言った。そんな、聞く者にとっては未練がましさを思わせるような台詞を吐くなら、もっと苦しげに眉を顰めるなりなんなりしてみろと思う。
「理由なんかないすわ」
人を好きになるのに理由なんかいらんと常々ほざいているくせに、どの口がそんなことを聞くのかと俺は心中で苦虫を百匹くらい噛み潰す。
「どうでもええけど、俺はあの人のもんなんで、気安く触らんとってくれます?」
「言うとくけど、謙也は普通に女が好きやで」
「知ってますわ。でも俺が俺をあのひとにあげるって決めた時点で、俺はあの人のもんなんです」
汚いんで離してくださいと言えば流石にカンに障ったらしく、思い切り殴られた。更に間の悪いことに扉のまん前に立っていたものだから、殴られた反動をそのままに背中をしこたまドアに打ちつけるという二次災害まで被るはめになる。
「…ッ!相変わらず、野蛮人すね。そんなんやから友達おれへんのや」
胸倉を掴み上げられながら、やられっぱなしもしゃくなので意地悪を言われた仕返しに嗤い交りで昔の思い出を引き合いに出してやれば、俺には小春がおればええねんとより一層の力が込められる。
「は、アンタはそうでも、あっちはどうでしょうね?」
今日も先に一人で部室に来ていたが、大方生徒会の仕事だなんだの言って体よく厄介払いされてるだけではないかと詰めれば、どうやら心当たりがあるらしくカッと頬を朱に染めた。
「図星っすか」
「黙れ!」
「ほな、ついでにもう一個ええこと教えてあげますわ」
「黙れって言ってんねん!!」
怒鳴り声と共に振りあげられた拳を寸前で掴む。既に口の中は鉄の味がしているのだ、これ以上の殴られ損はごめんだった。
「『二兎を追うものは一兎をも得ず』って諺、知ってます?」
俺なんかとは一緒におられへんって、最初に言うたんはユウジくんや。彼の拳を包む掌にぐっと力を込めればその瞳は一瞬だけ揺れて、俯けばすぐにバンダナで隠れてしまう。視界に映るのは右回りでも左回りでもない特徴的な彼のつむじで、いつの間にか気が付けば、俺たちの身長差はたった一センチになっていた。
くそっと呟き俺を突き放した彼は、拗ねる子供のような幼さと感情の咀嚼を覚える過程の狭間にいた。その傍らで、もう一度昔の呼び名を口にしたらたいそう不本意ではあるが思いのほか愛惜が滲んでしまいそうだったので、俺は喉の手前で出かかったそれを殺す。代わりに先程から背後でのんきな声とともにドンドンと叩かれる押し戸にもたれかかっているのは、後輩としての出来る限りの気遣いだった。
(20110507)