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間接的にですが千歳が浮気をする描写があります。
そんなん許せんわ!!!という方はご注意下さい。




 目を覚ましリビングへ向かうと、すでに仁王が出来上がった朝食をテーブルへ並べていた。トーストと目玉焼きとレタスをちぎっただけの簡単なサラダ。内容は特に凝っているわけではないが、今日の朝当番は俺だったはずだ。
「なんね、どぎゃんしたと?」
「何がじゃ」
「いや、今日ん当番俺やったはずとや?」
「別にこんなん、早く起きたほうがやったってええじゃろ。なんじゃ、これじゃ足らんか?」
「そげんわけやなかばってん…まぁよか」
確かに仁王の言うとおりだ。頭をひとつ掻いて、明日は俺が代わりにやろうと決めて椅子を引く。テーブルへ腰掛けると真ん中においてあるバターを仁王が渡してくれたので、自分のトーストに塗ってかじりつく。
「飲みもんはどうする?コーヒーか紅茶か…オレンジもあるぜよ」
「あー、じゃあオレンジ」
「了解」
昨日の酒がまだ少し頭に残っていたので、すっきりするオレンジジュースがあったのは幸いだ。しかし礼を言ってコップを受け取り一口口に含むと思わず眉間に皺が寄った。
「ちょ…なんねこれ」
「何が」
訝しむ俺の声に仁王は淡々と答えた。
「何がって…甘すぎばい」
俺も仁王も果汁数%のジュースは砂糖水にしか思えないので、ジュースを買う時は多少値が張っても100%のものと決めていた。しかしこの甘ったるさはどう考えても100%のものではない。
「こげなん飲めんと…」
「そんなん言ってもさっき買ってきたばっかなんじゃき仕方なかろ。コンビニにそれしかなかったんじゃ」
その口調は子供のわがままを諭す母親のようで、仁王自身も文句を言わず自分で注いだオレンジジュースを飲んでいる。確かに、朝の用意までしてもらって余り口出しする権利もない。口をつぐんで献立を甘ったるいオレンジジュースと共に流し込んだ。
「どうじゃ、ちょっとは頭がすっきりしたか?」
「うーん、まぁまぁばい。ごちそうさん」
手を合わせ、自分が使った食器をまとめてシンクへ持って行こうとすると仁王に制止された。
「置いといたままでええよ」
どうせすぐには洗えんきに、と頬杖をついて言う。
「は?なして?」
「ちゅうか、お前もあんま急に動かんほうがええと思う」
意味深な言葉にどういうことかと問おうとすれば視界がぐらりと歪んだ。床に立っている足の感覚をはじめ、全身がふわふわと不思議な感覚に覆われて先ほどまで掛けていた椅子に逆戻りしてしまう。心臓がバクバクと耳元で音を立てる中、思考だけは妙にクリアだった。
「な…なんね…これ」
「セックスドラッグじゃ。無味無臭じゃき全然気づかんかったじゃろ?効き目はすごいがちゃんと合法のやつじゃき、安心しんしゃい」
俺がしっかりと椅子に縫いとめられているのを確認して腰を上げる。背後から仁王の白い両腕が首にまわされた。
「おお、体もだいぶ熱くなっとるのう。昨日発散したばっかじゃし効き目が出るまでもうちょいかかるかと思っとったが、いらん心配じゃったみたいじゃな」
ぴったりとくっついた仁王の体温に煽られるように体はどんどん熱を持っていく。頬の産毛が触れるだけ、服越しに触れるだけでこうなのだから、直接素肌が触れ合ったらどうなってしまうのだろう。
「ま、まさは…」
もう限界だから抱かせてくれ、と名前を読んだ次の瞬間、それまでジンジンと火照っていた体が脊髄反射で強張った。
「どこの女とヤってきたん?」
『昨日何食べた?』と同じトーンで仁王は問う。
「は……?何が」
「とぼけんでええよ。ああ、別に香水の匂いとか髪の毛とかで気付いたんやないし。そこは完璧に跡消してきてくれたんじゃよな」
慈しむかのように紡がれる仁王の言葉に違う意味で心臓が音を立て、すごい速さで血液を送り出す。
「だ、だけん何のこつ…」
往生際が悪くシラを切り通そうと笑顔を作ったとき、今朝からの仁王の言動の違和感を思い出す。俺より先に起きて代わりに朝食を作り、常なら避けるタイプのオレンジジュースをわざわざ買いに行ったと言った。そして何より先程の『昨日発散したばっかじゃし』という言葉は、仁王と俺の性交を指しているのではない。だって昨日仁王は一日中バイトで、俺は久々に四天宝寺の連中と飲みに行っていたのだから。そこまで考えが至ってため息が漏れた。少し酒が残っているだけでここまで思考が鈍くなるものなのか。はじめから全てお見通しの彼に今更隠すこともあるまい、と俺は白旗を上げた。
「……昨日は終電までには帰ろうっち思っとったと。ばってん久々にあいつらに会ってたいぎゃ気持ちよく酔っとって、別れたあと一人で歩いとったらなんかホテル街に出てしもて」
「…で、ひっかけられたんか?」
大人しく頷くしかなかった。
「まぁ無事に帰ってきたとこ見ると美人局とかではなかったっぽいし、助かったの」
だって本当にセックスしかしていないのだ。連絡先はおろか、女の顔形すらほとんど覚えていない。
「お前始発くらいの時間に帰ってきて、一回俺ん部屋来てキスしようとしたけど途中でやめたじゃろ」 色魔のお前が躊躇うなんて何か後ろめたいことがない限りありえんからの、と仁王は言い切った。それは確かにそうだ。何せ俺は朝帰りしても酒臭い口でまだ寝ている仁王にキスしまくって心底疎まれるのが常なのだから。
「やったことについて深くは聞かん。話はここまでじゃ」
くっついていた体が離れ、仁王の細い指が首にまわる。冷や汗をかきながらも口を出るのは全て本心だ。
「何か言い残すことはあるか?」
「ん〜…そうやねぇ、まだまだ雅治に好いとうっち言い足りんのが唯一の心残りばい」
「ほう、実は俺もなんじゃ。俺もすぐそっちに行くきに、またあっちで飽きるほど聞かせてやるぜよ」
指先に力が込められ、じわじわと首筋に食い込む。しかし媚薬を服用している時は息苦しさすらも快感に変わるらしく、俺の体はさらなる興奮のステージへ押し上げられていく。本当に色魔にはお似合いの、間抜けな終わり方だ。
今この首にまわっているのは、仁王と俺との愛の糸だった。それは絶え間無く脈打ち、血管のように互いを繋いで循環している。例えここで愛が死んでしまっても、絡まり合ってほつれたそれに殺されるなら本望だ。爆発しそうな体とは裏腹にやけに凪いだ思考を漂っていると首にまわっていた指が離れ、かわりに仁王の唇が降ってきた。息継ぎもままならないままにくちづけられてどうにか酸素を取り込もうと、合わさった唇の隙間から「がふっ」だの「ごほっ」だのみっともない声が漏れた。無意識に胸部が跳ねガタガタと椅子が揺れるが、舌を使ったくちづけは止むことはない。体を動かそうにも椅子の後ろにまわった両腕は自由が効かず、いつのまにか親指同士をくっつける鉄の指錠が嵌められていた。
「は…ッ、今からは体で教えてやるけんの」
その薄い唇は唾液でてらてらと光っている。
「言っとくが、二度めはないぜよ」
「一生かけて償うばい」
「一生でも足りんな」
全身の神経が剥き出しになったように、視線だけでゾクリと背筋が震えた。彼を力の限り抱き締めることが許されるのはあと何時間後だろうか。自業自得ながら背後の指錠がもどかしく、椅子がギッと揺れる。両手を塞がれて交わす熱いキスは、胸やけしそうに甘ったるいオレンジジュースの味がした。

(20111111)


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