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ペアプリピクチャードラマその後です。ネタバレにご注意ください。




 「それじゃあ、俺たちはこれで」
 六角のみんなと、四天宝寺の白石と金色と別れて浜辺を出た。女の子二人を連れて、堤防に沿って道なりに歩く。もう先程の砂浜から大分離れたところまで来たし、そろそろいいだろうか。
「ねえねえキミたちー」
 そう呼びかけると、今まできゃっきゃきゃっきゃと楽しそうに話しながら少し前を歩いていた女の子たちが、アイラインで黒々と縁取られた四つの目をこちらへ向けた。
「なーにー?」
「ねぇねぇ、早くさっき言ってたカフェ連れてってよ〜」
二人にねだるように腕を組まれると、ふわりと香水のにおいが鼻孔をくすぐる。右からは柑橘系の爽やかな香り、左からはアーモンドのような甘い香り。うん、どちらも甲乙つけがたく好みだ。更に言えば、さりげなく腕に当たる胸だとか、水着の上に羽織る大きめのパーカーだとか、そういう女の子ならではの特権的なものが大好きだったりする。というか、女子という生物自体が千石清純の生きる原動力だといっても過言ではない。半袖のシャツから伸びる腕にしっとりと吸いつく肌の感触を楽しみながらへらりと笑う。
「あはは、ごめんね〜。俺、ここでお別れするね」
「え?」
「じゃ、そういうことで」
二の腕に感じる胸の感触に後ろ髪を引かれつつ、呆気にとられる彼女たちの腕を解く。その姿に背を向け先程来た方へ歩き出せば、納得がいかないとばかりに強く服の裾を引っ張られた。
「ちょっと、どういうことよ?!」
詰問に吊り上がった大きな目にはついさっきまでの面影はこれっぽっちもなく、そうそう、これが女の子なんだよなあと妙に感慨深い気分になったりする。
「何笑ってんのよ!」
「ああ〜ごめん。いやー俺さぁ、キミたちみたいなかわいい女の子は大好きなんだけど」
性格ブスは嫌いなんだよね。
からりと告げたその一瞬後、まだ何を言われたのかわからないといった顔で目を丸くした彼女たちの手から掴まれたシャツを解放してもらい、じゃあねと手を振り今度こそ来た道を歩き出した。薄いビーチサンダルでペタペタと歩みを進めていると、背中に太陽の熱い日差しとともに甲高い罵声が降って来る。デート中に前にナンパした子に出くわした時など、こうして女の子に敵意を向けられる度に改めて実感するが自分はやはり、こうして怒りにまみれた高い声もなかなかどうして、嫌いではないのだ。熱を放出するアスファルトを踏み締めながら、遠ざかる高い声に反比例して近付く波音を楽しんでいると、道の先に見知った姿があった。
「ありゃ?佐伯くんじゃーん」
「あ、あぁ…」
さっきぶりだね!とひらりと手を挙げると、佐伯は歯切れの悪い声で応えた。


「六角のみんなはさ、いっつもここで練習してんの?」
「ああ。流石に試合はコートでやるけど、ここは体力づくりなんかにはうってつけの場所なんだ」
 タイヤをくくりつけて砂浜を走ったりもするよ、と聞いて思わずふきだす。
「何それ?!そんなの昭和のドラマでしか見たことないんだけど!」
「あはは、笑っちゃうだろ?でもこれが意外と効果あるんだよ」
「へえー…」
俺六角じゃなくてよかったかも、と小声で言えば、千石には都会が似合ってるよと褒めてるのか嫌味なのかわからない口調で笑われた。
 誰もが開放的な気分になるであろう太陽のギラつくこんな日に、なぜこうして男二人で堤防に並んでくだらない話をしているのかと問われれば、話は少し前に遡る。女の子と別れ、とりあえずまた海でナンパにでも興じようかと思っていた矢先に遭遇した佐伯は千石を追ってきたのだと言った。
「何、どしたの?」
忘れ物でもしただろうかとポケットを漁ってみるが、財布も携帯もちゃんと持っている。
「いや…金色がさっきの礼がしたいってお前の連絡先を知りたがっていたから」
今ならまだ追いつけるかもと思って、と続けた佐伯は俺たち同期のテニスプレイヤーの間では散々言われていることだが、本当に無駄に男前だった。
「そ、そりゃご丁寧にどうも…」
そんなに大層なことをしたつもりはないし、何より四天宝寺の金色に惚れこまれてしまうことになんだかほんの少し恐怖に近いものを感じたのでこれは深入りしない方がよさそうだ、と自分のラッキーアンテナが言っている、気がする。ということで、早々に退散しようと口を開こうとするよりも先に、佐伯が口を開いた。
「なぁ千石。まだ時間があるなら、よかったらちょっと話さないか?」
思いもかけない誘いに、早々に帰りたいという言葉は言い出せず喉の奥に引っ込んでしまった。まぁ、これも何かの縁だろう。男の子の誘いに乗るなんて、今日は特別だよと念を押すことは忘れず、佐伯と並んで堤防の広くなった部分に腰をかけたという訳だ。
「トレーニング的な意味では六角じゃなくてよかったと思うけど、すごく羨ましい環境ではあるよね〜」
「海の男ってモテそうだから…とかそんなところだろう?」
「あり、バレてる」
そんな他愛もない話が途切れ訪れた沈黙の中、佐伯がぼんやりと言った。
「その…ちょっと意外だった」
「は?」
突拍子のない発言に思わず首をかしげると、佐伯はああ、だの、その、だの、少しどもって小さな声で「さっきの」と口にした。
「あー、なあんだ。見てたんだ」
「ご、ごめん!盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
「いやいやいいよ、気にしないでよ」
そりゃあ見ていて気持ちの良いものではなかっただろうなと半ば他人事のように思いながら、誤魔化しを交じえひらひらと手を振る。
「千石って何ていうか、女の子には誰にでも常に優しいんだと思ってたからさ、ちょっとびっくりしたよ」
「えー、何だよそれ。そりゃあ女の子は例外なく須らく愛でるものだと思っているけど、俺にだって好みくらいあるよー」
胸の大小とか髪の毛の長さとか顔のタイプだとか、指折り数えていると結局収拾がつかなくなり、今度は佐伯が笑う。
「千石って、人には絶対言わないけどひたすら陰で努力してるタイプだろ」
ひとしきり笑った後、邪気なんてこれっぽっちもない爽やかさで言われてしまえば、それこそぐうのねも出ない。
「…そう言うキミは、こっち側のそういうアレもぽろっと暴露しちゃうタイプだよねぇ…」
降参半分憎々しさ半分、といった視線で答えてみても彼は満足げな微笑みを見せるだけで、ますます居心地が悪くなる。
 元来千石清純という男は、誰にとってもひらひらと宙を舞う紙のような存在でいたいと思っている。誰ともつかず離れずで、時たま表面を撫でる程度の距離感でいい。捕まえられて重さや厚み、色や質感をまじまじと観察されるのなんて、性に合わない。
「あーもう降参降参!勘弁してよ〜、タチの悪いのに会っちゃったなぁ」
お手上げだと両手を上げ後ろへ倒れ込む背中を、固いコンクリートが受け止める。
「はは、俺はこうやって話せて楽しいけどね」
「うへー、あんまいじめないでよぉ…」
 どうせなら金色も、結局溺れてるのを助けたのは佐伯なのだから佐伯に礼をすればいいのに、とぼやいてみる。そうすればこうして追いかけてこられることも、ホモ(多分)にロックオンされる恐怖もなかっただろうに。軽くため息をつきながら今日のいて座のラッキーアイテムはなんだっけか、と朝見た雑誌の記憶をたどっていると、佐伯が半ば驚いたような声をあげた。
「いや…金色はそのことを言ってるんじゃないと思うけど」
「へ?」
言葉の意味をはかりかねこぼれた間抜けな声に、また佐伯が背中を揺らす。なんだか今日は、笑われてばかりだ。
「ねー、もうなんなのさー」
「ぷ、っくく…いや、ごめんごめん。…何ていうかさ、損することも多いんじゃないか?」
きっと勘違いされることも多いだろうに、という言外の気持ちを交え、佐伯は千石の顔の上に手をかざした。佐伯の手の下で日差しを避けるように出来た影にうっすらと目を細めて、千石は笑う。
「そんなことないよ」
 その表情は、失礼な話だが思わず本当に今まで話していた同一人物のものなのか疑ってしまうくらい穏やかでうっとりと、光の粒子を反射してゆっくりとたゆたう凪いだ海を思い出させた。
 声を出すことも忘れ心をまるごと奪われた一瞬ののち、千石が何かに気付いたようにあっと声をあげ、勢いよく起き上がる。
「今のダジャレじゃないよ!!あ、でも天根に言ってやろうかな」
そんなことを真面目な顔で考え込む横顔を見てなんとなく、彼がその運の良さからラッキー千石などと呼ばれる理由がわかった気がした。
 きっと彼は、日頃の行いが良いのだ。誰にも見えない所でひとり歩き続ける彼に、善行といえば安っぽい言葉になるが、周りはおろかおそらく自分ですら気付いていないそれに対するご褒美を、神様が小さな幸運という形で、彼の周りに降らせているのだ。
これを伝えれば買い被りだと、面白いジョークだと笑われるだろうか。更にいくら周りから物怖じしないタイプだと言われる自分でも、男相手に神様がどうこうなんて口にするのは、流石にくさすぎてはばかられる。それでもひとつだけ伝えたいことが思い浮かび、腰を上げた。
「俺も、千石みたいになりたいな」
一瞬きょとんと目を丸くした千石だったが差し出された手を掴むと、キミが俺みたいになったら六角のみんなに恨まれちゃうよ、といつもの飄々とした顔で笑った。

(20110415)