砂漠の雪

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謙也に狂疾する白石




 文字通りもう出すものがないというほど互いに貪りあった夜。情事後の気だるい雰囲気に包まれ薄いせんべい布団の中でごろごろとじゃれあっていると、無造作に立てかけた全身鏡にちらりと映った姿に白石が突然起き上がった。
「なんね、どぎゃんしたと?」
鏡の前にぺたりと座り、鎖骨周りを確かめるようにまじまじと見つめていたかと思えば鏡越しにじっとりと非難めいた目が向けられる。
「千歳お前…あれほど痕つけんなって言うたやろ!」
「はは、もうバレてしもた」
次から鏡ばしまっとかないけんねと喉を鳴らせば白石は軽く頬を膨らませ、ふてくされたようにこちらへダイブしてくるしなやかな肢体を全身で抱きとめる。俺はセックス自体も好きだがその後の、ふたりで砂糖水にたゆたうような甘ったるい時間が好きだった。
「もう、体育で着替える時とか謙也にバレたらどうすんねん」
「見せつけてやればよかろ?」
「アホか」
腕枕をしながら、そんな軽口にくすくすと笑みをこぼす。けれど俺は半ば本気だった。
「なんなら、今から電話して謙也呼んでみっと?」
冗談めかしたその提案に、白石は周りに転がっていたコンドームを拾ってひらひらと揺らしながら笑った。
「アホ言え。俺のこんなところ見たらアイツ、卒倒してまうわ」
極薄と書かれた箱からあちこちに散らばる避妊具とぐしゃぐしゃに丸められたティッシュ。さらに敷かれた布団にはそれぞれの体液が少なからず付着しているだろう。あてがわれた寮の狭い室内には精の匂いが充満していた。確かにこんな場所で高潔な親友が裸で、それも男のチームメイトに貫かれている姿を見たら彼は何を思うだろう。けれど少しだけ俯きながら発せられた言葉に宿っていたのは、けして哀愁などではなかった。
「謙也は純粋やからな」
羽衣で割れ物を包みこむような優しい声色。慈愛と言ってもいいかもしれないそれに気づいた時、自分の心に皺が寄るのがわかった。
「…白石は、ほんなこつ謙也のこつ好いとうね」
こんな嫌味じみたことは言いたくなかったけれど、ほんの少しだけあてつけたい気持ちもわかってほしい。いくら親友だといってもピロートークの最中、恋人が他人の話ばかりでは誰だって面白く無いだろう。けれどきょとんとこちらを見つめる表情に自分の発言のガキくささを思い知らされ、そのいたたまれなさに忘れてくれと言おうとしたら伸びてきた手が頭に触れた。
「あー…なんかごめんな。謙也とは付き合い長いから、つい、な」
白石はそう苦笑交じりに俺の頭を撫でる。たったそれだけで先ほどまでのささくれた気持ちがどこかへ吹き飛んでしまうのだから、俺も現金だと思う。
「しらい、」
「せやから謙也のこと、嫌いにならんといたってな」
急浮上した気持ちが、その一瞬で止まった。
「ほら、謙也ってあんな見た目やん?やからよう知らん人には勘違いされることもあるけど、ほんまは女の子とまともに手ぇつないだこともなくてな…そうそうこんなこともあったわ!一年の時やねんけどな」
謙也が、謙也は、謙也と。形のいい唇から壊れたラジオのように紡がれる言葉に、思わず目眩がした。生まれたままの姿で幸せそうに笑う、腕の中にいるはずの恋人が果てしなく遠い。まるで砂漠の蜃気楼を思わせるそれに呼吸を忘れた時、白石が言った。
「せやからな、アイツの童貞も俺が面倒見たらななって思ってんねん」
どこか老成した愛に満ちた表情の中におもちゃをねだる子供のような無邪気さで「ええやろ?」と同意を求め見上げる瞳に、今度こそ腹の底が冷えた。それと同時に、お互い違う星で生きているような距離感を悟る。もう喉がカラカラだ。嫉妬だのヤキモチだのそういうレベルを超越した場所で、俺はひとり立ち尽くしていた。
「…さぁ、そん時になってみらんとわからんばい」
「え〜、意地悪やなぁ」
どうにかしぼり出したのは、掠れた言葉に乾いた笑顔。
ああ、水が欲しい。でないと果てない砂漠の真ん中で、美しすぎる蜃気楼に殺されてしまいそうだ。

(20110522)

狂疾=狂気のやまい