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ふたりがおわかれをする話です。ご注意ください。




今まで屋上には何度も来たが、よく考えるとこいつとここで会うのはこれが二回目だった。
「なんだか、こうして二人きりで話すってのも変な感じだなぁ」
独り言とも俺への語りかけともつかない口調で幸村は言った。
「そうじゃな」
確かに普段部活で四六時中一緒にいるとはいえ、間に誰も挟まず二人きりで話す機会というのはあまりないものだ。立海自慢の庭園には俺たち以外に誰もおらず、ベンチも空いているのに、二人で柵に背中を預けた。
「ここ、綺麗だろ?一年の時は今よりもっと花の数も少なくてさ。毎日ちょっとずつ世話してたんだけど、まさかこんなにたくさんの花が見られるなんて思ってなかったよ」
美しいものを眺める感嘆に加え、手塩にかけたわが子の成長を喜ぶ感慨深さを含む声だった。やわらかい風が、数多の花弁と幸村の髪を揺らす。美しさの中に、このまま突風が吹けば散ってしまいそうだと思わせる儚さを持った男だった。今まで幾度もこの屋上庭園を襲った大雨と、一度は全てに絶望した幸村。泥にまみれて、地を這って、それでも今こうして爛々と陽を浴びるこの花たちと、凛と背を伸ばす幸村はもう、何があっても大丈夫なのだろう。
「うん。俺は花はよくわからんけど、いっぱいの花は綺麗じゃ」
「なんだよそれ」
子供じみた拙い感想に幸村は呆れたように笑う。
「ねぇ、初めて会った時のこと覚えてる?」
約三年前。俺の後ろ髪がまだなくて、元々中性的な幸村の顔だちがさらに少女のようだった頃。沈黙を否定ととったのか、幸村はにこりと微笑んで続けた。
「昼休みに俺がここで種植えてたら、お前がそこの給水タンクの上からひょっこり顔出してさぁ。おまんが幸村か?って聞いてすぐ」
「『なんじゃ、名前のわりに全然幸せそうな顔しとらんな』」
セリフを暗唱するように、一文丸ごと俺の低い声と幸村のソプラノが重なった。顔を見合わせて、幸村だけが破顔する。
「ほんっと、今言われたらぶん殴ってやるセリフなんだけど!」
腹を抱えて揺れる肩は、当時とは比べものにならない程男らしくなっていた。
「…ねぇ、あの時の俺、そんなに不幸せそうだった?」
台詞とは裏腹に、やけに声が弾んでいる。
「いや、不幸せそうっちゅうかなんちゅうか…」
退屈そうじゃった、という言葉にぱちりと目を丸くした。
「退屈?…たいくつ……うん、そうか」
そうかもね、と頷き、言葉の意味をなぞるように数度繰り返した。
「お前だって、変な返ししてきたじゃろうが」
「ああ、『じゃあ幸せにしてよ』って言ったんだっけ?」
幸村は「あの時の俺が言ったら洒落にならないよなぁ」と当時を振り返り空を仰いだ。もっともだ。
そしてそれからテニス部に入り再会した俺たちは、どういうわけかたびたび肌を合わせるようになった。しかも、当時可憐な少女と見まごうほどの透明感を纏った彼がさも当然のように上をやったのだから恐ろしい。
「でも俺は、すごく幸せだったよ」
青い空を分かつような飛行機雲を見つめていた幸村が、ふとこちらに向き直った。
「だからもういいんだ」
やけに響いた言葉があまりに唐突すぎて、何が「でも」で何が「だから」なのか全くわからなかった。
「……意味、不明ぜよ」
幸村は何も言わず、俺の両手に自らのそれを重ねて包みこんだ。
「なんじゃ、離せ!」
俺の言葉と抵抗に動じもせず、幸村はそっと瞼をふせた。悲痛の祈りではない。顔の前で手を握り微笑む姿はまさに、幸村が好きな中世フランスにでもありそうな聖画だった。
「これで全部終わり。次にこの手を離したら、仁王は自由だよ」
耳障りのいい声に、カッと全身の血が沸き立つのを感じた。
「ッ…!なんじゃそれ!!俺はっ、俺はいつだって!!!」
あたたかなぬくもりに反して力は強く、いくら動かそうとも振りほどけそうにない。幸村のわけのわからない言い分と、自分でも何がしゃくにさわったのかわからない身を焦がしそうな憤怒で無性に目が熱くなってきた。いつだって、何なのだろう。俺はいつだって自由で、いつだって幸村を、何だったのだろう。「好きだった」なんて馬鹿げている。いつも呼び出されては無理矢理に体を拓かれ、無体をはたらかれた数は足の指を入れても足りない。それを憎いと思ったことはあれど、とらわれていた気などさらさらない。例えどんなめにあったって、俺はいつだって自分の意志で道を選んできたのだ。いつだって、いつだって。いよいよ熱い雫がこぼれそうになったとき、額にこつん、と何かが当たった。視界の端に、ふわふわとした濃紺の毛先が見える。幸村の額だ。
「大丈夫。ちゃんと幸せになれるよ。お前はもう、この手で何でも掴んでいけるんだから」
優しく言い聞かせるような言葉とともにそっと手が解かれ、涙が一粒落ちた。
「今までずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
耳元の囁きに、時間が止まる。おそらく幸村が出ていったのだろう、閉まるドアの音が心の扉を開いた。それまで押し殺していた感情の洪水が、津波のように押し寄せる。
「…〜〜〜ッ!!っふ、うっ、ぅうううっ…!!!」
その場に膝が折れる。背中を丸めて、心臓を掴んで、泣きたくないのに涙が溢れた。つたう頬が、目頭が、まぶたが熱い。最後までずるい男だった。好き勝手に人を弄んだあげく、自分だけ何もかもわかった顔をして去っていく賢者のふりしたかっこつけ野郎に「どうして」だなんて、死んでも聞いてやるものか。鮮やかすぎる空の下、そして自分の足で立つ鳥籠の外。自由になった両手が、熱い雫で濡れていく。涙が止まらないのはただ俺が甘ったれの弱虫で、まだ大丈夫じゃない奴だからだ。

(20111116)



以下(特に読まなくてもいい)解説ですすみません

セックスしようが何しようが仁王くんのことを何とも思ってなかった幸村が今本当に仁王くんのことを(恋愛感情じゃなく人間として)好きになりかけていて、だからこそ自分たちはもう違う場所に歩き出さないといけない、っていうのが背景にありました(説明不足)
自分たちのほんとの幸せは同じ所にはないと気付いてる幸村と、そういう幸村ひっくるめて気付いてる仁王くん。

最近はましになりましたが、ゆきにおって殺伐というか、CPでありながら恋愛してないイメージが強かったんです
仁王くんの両手を幸村が自分の両手で包んでいて、確かにあったかいんだけどそれじゃあふたりとも何もつかめないよねって。幸村は手の中に閉じ込めていた彼を解き放つ勇気、仁王くんはきちんと自分の手で欲しいものに手を伸ばす勇気が必要なのかな、と思いました。

とりあえず何かを独占所有することでその場しのぎの満足感を得ていた幼い幸村と、自由を謳いながらどこか鳥籠の中に甘えていた仁王くんの巣立ちのお話でした。
しばらくあと仁王くんも運命の人と出会って大丈夫になります。同じ空の下を自分の足で歩いて行きます。


わーんゆきにおは本当に、終焉が美しいCP…