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モブ(?)女子目線です。誰ともCP要素はありません。
夢小説ではありませんが特殊なかんじになってるので、苦手な方はご注意ください。
ありがとうを言いたい人がいる。
(あ、見つけた)
早朝に乗り込んだ電車、通勤のサラリーマンにもまれる車内でどうにか安定した立ち位置を確保すると、人ごみの隙間からわずかに彼の人の横顔が見えた。長いまつげで縁取られた視線の先にあるのは画材のパンフレットか、それとも園芸のノウハウ本か。なんにせよ、昇った太陽は気だるい乗客たちの目を意地悪くしかめさせようとするのに対し、彼の周りだけはまるでその体をあたためようとするかのように優しく照らしていた。彼について知っているのは、立海大付属に通っている中学三年生であること(最近はよく、受験英単語の参考書も読んでいるのだ)、テニス部に入っていること、そして中性的な容姿にぴったりの、とても心地良い声をしているということだけだ。
彼との出会いは、かれこれ一年前になる。当時わたしは田舎から神奈川に越してきたばかりで、不慣れな環境と学校生活でかなり参っていた。中でも負担になったのが日々の通学だ。両親の意向で、最寄りの公立中学ではなく中高一貫の私立中学に転入したせいで通学時間は以前の二倍にもなり、背の高い大人たちにもみくちゃにされながら学校に到着する頃にはへとへとになっているという生活が続いていた。 いつもは降りた時にすぐ改札に出られるように前方の車両に乗るようにしているのだが、寝坊してたまたま近くの車両に滑り込んだ時のことだ。その日も相変わらず乗車率は200パーセント超えで、左右に揺れる車内で大人の二の腕に顔を埋めながら必死に呼吸をしていた。大きな路線との接続駅に停車して、ようやく一息つく。ここでかなりの人が降りるから、あとは終点までドア際に立っていればいい。しかし降り口を空ける為に端っこに寄ろうと手すりを離すと、同時に背中が人波にぐいぐいと押され、あれよあれよと車外に追い出されてしまった。
「へっ!?あっ、あの!わたし、違っ…!!」
とっさに出た声も雑踏に紛れて誰にも届かない。人と人の間に挟まれた鞄を取ろうと手を伸ばした瞬間、押されて反った背中にバランスを崩し、足がもつれた。
(転ぶ!)
こんな人ごみでは受身も取れず、もしかしたら将棋倒しで周囲の人も巻き込んでしまうかもしれない。最悪の状況が浮かんで瞳を閉じると、後ろから二の腕を強く引っ張られた。
「わっ!!?」
「…きみ、大丈夫?」
気が付けば体はバランスを取り戻し、その場に直立していた。人は左右からわたしを追い抜いていく。わけがわからずただ激しく脈打つ鼓動に立ち尽くしていると、頭上からまた声が聞こえた。
「あ、もしかして強く掴みすぎた?大丈夫?」
はっと我に返り振り返ると、そこには心配そうに眉を下げる男の子がいた。その中性的なな容姿と声ですぐに男の子だとわかったのは、ちょうどわたしの目線に動く喉仏が見えたからだ。綺麗な肌に、目鼻口、整ったパーツがバランスよく配置されている。そしてウエーブがかかった濃紺の髪の毛が白い肌に映え、透明感を一層際立たせた。
「だっ、大丈夫です!ご、ごめんなさい…!!」
感謝より謝罪の言葉が先に出てきたのは、きっと助けてもらったことよりこんなに綺麗な彼の視界に自分が写ってしまったことに妙な罪悪感があったからだ。彼はわたしの間抜けな声を聞いて喉を鳴らした。
「あはは、なにもないならよかったよ。それじゃあ気をつけてね」
体に対して大きすぎではないかと思うほどに立派なテニスバッグを軽々担いで、彼は改札へと向かった。
残されたホームで、一人次の電車を待つ。時間は完璧に遅刻だ。しかしそんなことはどうでもよかった。ラッシュを過ぎてガラガラになった車内で、掴まれた二の腕の熱さだけがいつまでも取れずにいた。
好んで読んでいた少女漫画なら、この時点できっとメールアドレスを交換したり、近いうちに彼がわたしの学校に転校してきたりするのだろう。しかしそんなものはあくまで紙の中だけだ。結局彼とは必要最低限の言葉しかかわさず別れたし、どれだけ時間が経っても彼がうちに転校してくることはなかった。
ただ翌日から、時間通りに駅に着いても、前方の車両ではなく後方の車両に乗るようになった。そこではほぼ毎日のように彼を見つけた。毎日同じ車両に乗っているなら、こちらに転校してきた時からこれに乗っていればと後悔したくらいだ。彼はわたしが乗る前の駅から乗ってきていて、終点まで行くわたしより先に降りる。重なるのはほんの数駅ぶん、時間で言えば十五分にも満たないけれど、二時間弱の通学時間を楽しみに変えるには十分な彩りだった。
学年が上がりしばらくして、彼が姿を見せなくなった時期がある。もしかして車両を変えたのかと、一度人ごみを縫って車両を端から端まで移動したことがあるが、結局姿を見ることはできなかった。ふと転校の二文字が頭をよぎる。立海は大学まで附属だと聞いているけれど、もしかしたらどこか遠くに行ってしまったのかもしれない。それでも今更車両を変える気にはなれなくて、惰性で満員電車に揺られていたある日。乗り込んだ車両で少しだけ身長が伸びた彼を見つけた時は眠気が一瞬で吹き飛んだのを覚えている。穏やかな雰囲気はそのままに、数カ月ぶりに見た彼はどこか儚くて、そして以前より凛々しく見えた。
夏が来て、秋が来て、冬が来た。その中で彼を目にするのは朝の通学の時だけだったが、友人と遊んでいて帰りが遅くなった時に一度だけ、夜の車内で見かけたことがある。乗り込んできた彼はマフラーを巻いており、人もまばらな車内で座席の真ん中に腰掛けると、いつも見ている画材のパンフレットを広げるでもなく園芸本を読むでもなく、ぱんぱんに膨れた紙袋を膝の上に乗せていた。 大事そうに何を抱えているのだろうか?膨れた紙袋からは少しだけ、折り紙で作られた輪がこぼれていた。
最寄り駅に着いて降りると、彼を乗せた電車は出発する。彼はどこまで行くのだろう。私のように終点までか、それとも意外と次の駅だったりするのだろうか?わたしは未だに、彼のことを何も知らない。
吹きっ晒しのホームは寒く、体を震わせると白い息が溶けた。立春を迎えたといってもまだまだコートが手放せない。マフラーに顔を埋めるとふと、紙袋を見つめる彼の少しだけおもはゆい、花がほころんだような表情を思い出した。
(もしかしたら、誕生日だったのかもしれない)
唐突に浮かんだそれを、確認するすべはわたしにはないけれど。見上げた空には小さな星と、裸の枝が見えた。
もうすぐ春だ。次に春が来れば、わたし達は高校生になる。休みが明けても、またここで会えるだろうか?もしまた会えたらその時は、勇気を出して声をかけてみよう。あなたと出会ってから、幸せな時間が出来て、新しい友だちが出来て、毎日が楽しくなって。本当のありがとうを言いたいから。
「おめでとう、ございます」
風に乗せるように、小さくつぶやいた。改札を出てもう一度空を見上げる。頭上で結んだ蕾はきっと、すぐに綺麗に花開くはずだ。その下で笑う彼を思った。
(20120307)
以下どうでもいいこと
お祝いするにあたって誰と絡ませようかと考えたんですが、幸村は立海全員から心から祝福されているだろうから特定のキャラでは誰もしっくりこなくて、こういう形になりました。
あの世界、彼の知らないところで彼に救われた人も、彼の幸せを願っている人もたくさんいるんだと思います。(この世のオタク(わたしも)含む) 神の子はすごい。
少し遅れてしまったけど、幸村くん、お誕生日おめでとうございます!