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部屋割り発表前に書いたので、二人が同室設定です。





「桔平、だいぶ髪のびてきたっちゃね」
 U-17合宿所。今日は早めにコートの入れ替え戦が終わり、シャワーを浴びようとそれぞれ割り振られている部屋に用意を取りに戻ったところ、同じく用意を取りに来ていた同室の千歳が俺の頭を指して言った。
「そうか?そう言われると、前に染めたのはだいぶ前だからな」
言われるまで気付かなかったが、確かに最後に染めたのは合宿所に来る一月半ほど前だった気がする。合わせてすでにこの合宿で過ごしている日にちを加味すれば、根元が黒くなってきていても何ら不思議はない。夏の全国大会以来、九州時代のように髪を金に染め直した俺はこの色で自身を鼓舞する気持ちもあり、やはり自分にはこちらのほうが合っていると以前のような黒髪に戻す気にはなれなかった。今日はもう閉まってしまっただろうから明日また売店で染髪剤を見てくると言った俺に、千歳は持ったばかりの入浴セットを下に置いて嬉々と目を輝かせた。
「そういうこつなら俺に任せんね!ええやつ知っちょるばい」
ちっと待っときなっせと手を振り意気揚々と部屋を出た千歳は数分後、果たしてどこから手に入れたのかブリーチ剤を手に部屋へと帰ってきた。
「おい、どうしたんだこれ」
「謙也にもらってきたばい」
「ああ…なるほど、そういうことか」
 千歳と同じ四天宝寺の忍足といえば俺と同様派手な金髪で、その外見とは裏腹に気はまわるほうだと聞いたことがある。確かにそんな奴なら長期の合宿を見越していくらかブリーチ剤を持ちこんでいてもおかしくはない。
「そりゃあ俺は助かるが、本当にいいのか?」
忍足だって自分で使う為に持って来たのだろう、それに別に何カ月も合宿所に閉じ込められるわけでもないので、俺としてはあとしばらく髪が染められなくともなんということはなかった。
「ちゃんと許可ばとってきたとよ?聞いたらいっびゃあ予備持ってきちょるっちゅうて、嬉しそうにくれたばい!」
きっと同じ金髪仲間で、親近感感じたんっちゃねえと千歳は笑う。
「そうか…ならいいんだが。ありがてえな」
本人がそう言うならここはお言葉に甘えさせてもらおう。ブリーチ剤を受け取ろうとすると千歳はそれを床に置いていた入浴セットの上に置き、そのまま抱えて部屋を出ようとする。
「おい、千歳?」
巨躯をかがめ、ドアをくぐるようにして廊下に出た千歳はニコニコと俺を待っている。
「自分ではやりにくかろ?俺がやっちゃるばい。」
「はぁ?」
 別にいつも自分でやっているのだからその必要はないと幾度言っても聞き入れられることはなく、言い合いしながらもとりあえず大浴場まで続く廊下を歩いていると、シャワー帰りなのか首からタオルを下げTシャツにハーフパンツ姿の金髪が前から歩いてくるのが見えた。
「おー!なんや自分ら今から行くんか?」
噂をすればというわけではないが、知りあいを見つけて笑ったそいつはまさしく忍足謙也だった。実際に物を恵んでくれた本人に会えたのはちょうどよかったのだが、先程千歳が忍足の部屋を訪れてからまだ十分と経っていないはずだ。
「そうばい。謙也は相変わらず、何するんも早かねぇ」
「おん、なんせ浪速のスピードスターやからな!」
からから笑う千歳と、どや顔で適当なポーズを決める忍足。どうやらこれは四天宝寺では日常茶飯事らしく、関西人のノリはいまいちわからんと取り残されていた俺に忍足が気付いた。
「お、自分不動峰の橘やん!久しぶりやなあ!」
 全国で対戦したとはいえ、俺はシングルスで忍足はダブルス。直接戦ったわけではないし、個人で言葉を交わすのはこれが初めてだと思う。それでもまるで旧友に会ったかのごとく上げられる手を馴れ馴れしく感じないのは、ひとえに忍足の人徳だろうか。
「ああ、全国以来だな。あとこれ、もらっちまって悪い」
千歳が持つブリーチ剤を指せば、忍足は上げていた手をそのままひらひらと振った。
「あーそんなん全然かめへんて!困ったときはお互い様や。っていうか自分めっちゃ強いんやろ?あの宍戸にボロ勝ちしたって侑士から聞いたで!」
まさかそんな都大会での話を持ち出されるとは思わなかったが、そういえば氷帝の忍足はこいつの従兄弟だったか。
「俺らと当たったときも千歳が勝てるかほんまヒヤヒヤしたわぁ。まぁ金髪同士っちゅうのも何かの縁やん?今度試合しよな!」
「謙也、金ちゃんみたいばい」
こちらが何を言うまでもなく次々と紡がれるそれはまさにマシンガントークというか、繋がりがあるのかないのかわからない話題と余りの勢いに圧倒されながらもとりあえず軽くあいづちを打つと、忍足は満足げに頷いた。
「俺らの部屋、侑士は心閉ざすしアホの坂田は笑い方うざいしでつまらんねん。自分とこの神尾もおるし、いつでも遊びに来ぃや。ほな俺は部屋帰るわ!」
コロコロと忙しく表情を変え矢継ぎ早にそう告げると自室へ帰って行く。
更に「自分ら今から染めに行くんやろ?今なら誰もおらんし窓全開にしてきたから換気ばっちしやで!」とウインクを残して。登場から退場までのそれはさながら流れ星というより、嵐に近かったように思う。
「お膳立てやねぇ」
「はぁ?」
「なんでもなか。さ、俺らもはよ行かんね」
なぜかどことなく頬を綻ばせた千歳に背中を押されて、俺たちも歩き出した。


「どっか沁みたりして痛くなか?」
「大丈夫だ」
 まだ浴槽に湯が張られておらず、人もいないガラガラの乾いた大浴場の端っこで、千歳は服の裾をまくり、俺は半裸で風呂用の椅子に腰かけブリーチ剤を塗布してもらっていた。
「お前に髪を触られるのは久しぶりだな」
「ん、そうか?」
「あぁ。昔を思い出す」
 獅子楽時代はよくふたりで授業をサボって、手持無沙汰に屋上で横になった。くだらない話をしながらいつの間にか眠ってしまい、俺が先に目を覚まし千歳を蹴り起こすのが大抵だったが、それでもたまに千歳が先に目を覚ますことがあって、そんなときは瞼を開けると千歳が俺の痛んだ髪で人形遊びをするように、いびつな三つ編みを編んでいたりしたものだ。
「…なんだか懐かしいな」
「はは、懐かしいっち桔平、まだせいぜい一年前くらいのことばい?」
「そうか、そう言われればそうだな」
たかが一年、されど一年。共に過ごした時間を遥か昔のように感じてしまうのは、この一年俺は東京で、千歳は大阪で、それぞれに違う場所で何物にも代え難い密な時間を過ごしてきたからだろうか。
「千歳お前、いい仲間を持ったな」
「なんねいきなり」
「いや、ふと思っただけだ」
「謙也のこつ?」
「それだけじゃねえよ。四天宝寺のやつらはみんな、今でもお前みたいなやつの面倒見てくれてんだろ?」
「面倒って、またひどかねぇ」
付属のゴム手袋の足りない部分にはタオルを巻いた手で俺の髪にペタペタと薬剤を塗布する千歳の顔は見えないが、その声は笑っていた。
「お前のことだから、全国でも迷惑かけまくったんだろ」
「なんね桔平、知っとうと?」
「何だと?」
それは適当な言葉だったが、帰ってきた反応に思わず眉が上がる。どうやら藪蛇だと気付いたらしい千歳が慌てて話題を転換した。
「な、なんでんなか!そ、それよか桔平は、予想以上に真面目に部長しとったばい」
「そりゃまぁ、自分が作った部だからな。ついてきてくれたやつらのこと考えると、真面目にやらねえわけにはいかねえだろ」
「イチから自分らだけでっちゅうんは、大変やったっちゃろ?まぁ何にせよ、楽しそうでよかったばい」
 じゃあ洗い流すから下向きなっせと言われ、頭を下げて目をつぶればシャワーヘッドからザーザーとあたたかい湯が降り注ぐ。肌を濡らしていくその温度を感じながら、俺は頭の中で千歳の言葉を反芻していた。
(…よかった、なんて、それは俺の台詞たい)
 楽しそうでよかった。嬉しかった。安心した。新たな仲間に囲まれて笑うお前の姿を見た時の気持ちを、一体どんな言葉で表すことができるだろう。俺が九州を出てほどなくして、千歳も大阪へ転校したことは知っていた。それでも夏の全国で目にしたその光景で、俺が不動峰で一年過ごしたように、千歳の時計もあれから確かに動いていたのだと初めて実感した。
 もう一度道が交わり再会した今、俺も千歳も、すでにあの頃とは違う遠い場所に立っていた。
「…ほい、全部終わったばい」
 薬剤を一通り流し終えると乾いたタオルで俺の顔を拭い、そのままわしわしと髪の毛を拭かれる。滴る水分だけざっと吸いこむと、千歳は確かめるように髪の毛を少し上に引っ張った。
「うん、我ながら綺麗に染まっちょるばい!」
「悪いな、助かった」
「気にせんでよか、伸びたらまた染めちゃるけん言いなっせ」
ゴム手袋を取り後始末をしながら朗らかに笑う。
「…なぁ千歳。さっきから思ってたんだが、なんかお前妙に嬉しそうじゃないか?」
 この笑顔は、綺麗に染めることができたからというだけではないだろう。俺の髪を染めてやると言った時からの違和感を口にすれば、千歳はバレとう?と小さく肩をすくめた。
「あー、桔平が髪色金に戻した時な、なんでかちっと嬉しかったんばい。やけんこんまま伸ばしてくれたらもっと嬉しくなるんかな思ったっち、ばってん」
自己満足やね、と自嘲を交え笑う千歳の瞳にはきっと、あの頃の俺が映っている。
「…千歳。それは、俺たちがちゃんと前に進んどうからたい」
遠ざかれば恋しくなる、離れた途端美しく感じる。それらは全て、もう二度と手に入らないからだ。
当時に比べて少しだけ太くなった腕を掴み、ぱち、と瞬きした黒耀と視線を結んだ。
「お前がそう言うなら、また髪を伸ばしてやってもかまわん」
「っ、きっぺい…?」
「でもそれは、あの頃に近付く為やなかと」
過去に縋る為じゃなく、それぞれに新しいものを抱え、これから共に積み上げていく時間の証にする為だ。
「そう誓えるなら、俺はどれだけでもこん髪ば伸ばしてやるたい」
ふたり合わせた視線はそのままに、どれだけ経っただろう。互いしかいない空間で一瞬時が止まったかと思えば千歳は俯き、勘弁してくれと言わんばかりに片手で目を覆った。
「〜〜っき、桔平かっこつけすぎばい…!」
褐色の為わかりにくいが、その顔は確かに耳まで赤く染まっている。
「うるせえな。で、結局どうするんだよ」
今千歳の瞳に映る俺は、一体どんな顔をしているのだろう。そして千歳は、どの俺をその瞳に映すのだろう?
「…よろしく頼むばい」
今しがた染めたばかりの金糸を大きな手で掻きまぜると、赤い顔はそのままに泣きそうな顔で笑った。






「とりあえずは、獅子楽ん時ごた肩まではよ伸びなっせ〜」
「…その手にはなんか効果でもあるのか?」
 あれからほどなくして風呂焚き係が訪れ、浴槽に湯が張られるのを脱衣所で待っていた俺たちは一番風呂を楽しんでいた。千歳が胡散臭いハンドパワーを俺の頭に送りこんでいると浴槽の引き戸が引かれ、皆が続々と風呂に入って来る。その中には四天宝寺や不動峰の面々も見えた。
「みんな、こっちばい」
「神尾、伊武、こっちだ」
「あれ、千歳早いやん」
「橘さんもいないと思ったら…」
「何や楽しそうやなぁ」
 わらわらと談笑しながらこちらへ向かってくるその様子を見て、ある考えが思いつく。ふと千歳の方を見れば、やつもまた悪そうな顔でニヤリと笑っていた。
「金色!神尾ならここに隠れてるぞ」
「小春ちゃーん、こっちに神尾くんおるばい」
「った、橘さん?!?千歳さんまで!!」
 俺の背中に隠れるようにコソコソと入浴していた後輩を差し出せば神尾は半泣きで浴槽から飛び出し、必死にタオルを守る神尾とそれをはぎとろうとする金色の攻防が始まる。これ以上なく賑やかになった風呂の中で、千歳と俺はふたり、イタズラが成功したように顔を合わせて笑った。
 鋏の刃が一つでは用を為さないように、箸が一本では使えないように、それは九州で翼の名を冠した俺たちとて例外ではなかったのだ。

(20110420)