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跡部はずっと寝てます。スヤスヤ。





 対入江奏多戦がノーゲームとなり、身体のいたるところを痛めて意識を失った跡部は早々に医務室へと運ばれた。結局その後跡部抜きで行われた試合は中学生組の勝利で幕を閉じ、5番コートと3番コートの総入れ替えが行われることとなる。


「あとべ〜、いる〜?」
 俺が跡部の眠る医務室を訪れた時、そこにはすでに忍足がいた。どうやら今日は試合がなかった為、シャッフル戦に参加した俺たちとは違いシャワーの手間などがない分早くここへ来られたらしい。
「なんやジロー、お前も見舞いか?お前が自分で歩いとるなんて珍しいなぁ」
「ん〜…途中までカバちゃんがおんぶしてくれてたんだけど、コーチにつかまっちゃって」
 なんだか失礼なことを言われた気がしないでもないが、事実その通りだった。樺地とふたりで跡部の見舞いに行こうと歩いていたら(俺はおぶさっていただけだけど)、どこからかあの無駄にでかい、というか縦に長いコーチが現れ、筋力に関する参考データが欲しいと樺地を連れて行ってしまった。そこで残された俺はひとりで不慣れな宿舎を歩きまわり、ようやく今に至るという訳だ。
「ほー、そら尚更珍しいな。てっきり部屋に帰って寝とるか、最悪そこらへんの廊下で寝とるもんやと思ってたわ」
「え〜、忍足ひどいC 」
「まぁまぁ、そう言いなや」
 もしそうやったら途中で回収してったろ思っててんで?などと嘘か本当かわからないことを言う忍足に促されるまま、用意されたパイプ椅子に腰をかける。何から何まで最新鋭な機器がそろうこの宿舎には不釣り合いにギシリと軋んだ安っぽいそれの音にも俺たちの話し声にも、眠る跡部は眉ひとつ動かさなかった。
「ほんとに寝てんだ」
「そらそうやろ」
 合宿や修学旅行など何だかんだ寝食を共にする機会は多いが、跡部が寝ている時間帯に俺が起きているわけがなく、更に叩き起こされることはあっても跡部が俺より遅く目覚めるなんてこともあるはずないので、考えてみればこうして跡部の寝顔を見るのは初めてのことだった。
「うーん…普段はあんま意識しないけどさ、跡部って黙ってたらほんと綺麗だよねえ」
「お前、それコイツ起きてから言うたあかんで」
 もたれついでにベッドに肘をついて、まじまじとその顔を観察してみる。生まれながらに色素の薄い髪に透けるような肌。適度に彫が深く通った鼻筋に、形のよい薄いくちびる。よく見るとその長い睫毛も髪の毛と同じ色だった。なんだか日本人離れした美しさの中に日本人独特の良さだけを残したような、そういうまさに神様が計算し尽くしてつくりました、と言わんばかりの要素の集合体こそ、跡部景吾が跡部景吾たる所以なのかもしれない。
「…でもやっぱり、跡部は起きて動いてるほうがいいなぁ」
 俺は、いつもの跡部がいいよ。整った様々な部位の中でも神様が特に力を入れてつくったであろう、薄い瞼で姿を隠されている気高い宝石のような瞳が今は恋しかったし、庶民の俺からすれば上質なものでも跡部にはこんな狭いベッドは似合わないと思った。俺のボリュームのある髪の毛とは違い、指に絡ませてもすぐにサラリとほどけてしまうそれを一束掬っていじっていると、ぽん、と頭に軽い感触が降ってくる。
「…それ、起きてから言ってやり」
 俺の頭を撫でて、少しだけ眉尻を下げて笑った忍足の表情の意味ははかりかねたけれど、うん?ととりあえず頷けば、忍足は何も言わずにもう一度俺の髪を撫でた。
「なぁに?」
「何でもあらへんよ。ほな、俺は部屋戻るわ」
 またあとで、とだけ告げると、自分が座っていた椅子を畳み忍足は部屋を出ていく。残されたのはただ眠り続ける跡部と、話し相手のいなくなった俺。こんな無音の空間でひとり寝顔を見ていてもつまらないし、目を覚ましてくれたらそれはそれで万々歳なので俺はとりあえず跡部に話しかけてみることにした。
「あとべー、今日はいい天気だよ…って、あれ?これじゃ跡部が植物状態みたいじゃん」
 自分の言い回しにひとりで首をひねりながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「あのねー、コート入れ替え戦、俺たちの勝ちだよぉ。これで次からは、俺たち3番コートだよ」
 その髪の毛を指に絡ませても何のあそびにもならないことは先程実証済みなので、今度は指をとおしてさらさらと梳かしてみる。
「跡部が倒れたあと、あのメガネの人も棄権してノーゲームになってさぁ。で、残りのシングルスやったんだけど、オニさんがボロ勝ちしちゃったC」
 まぁわかってはいたことだが、いくら話しかけても跡部は何の反応も見せない。ただ規則的に、緩やかに胸が上下するだけだ。
「……ねぇ跡部。ほんとは俺も、試合出たかったなぁ」
 あの試合は、俺にとって自分たちのコートの進退を決定づけるよりもはるかに重要な意味を持っていた気がする。
 あの時跡部は、入江奏多との試合に勝つことで手塚との約束を守ろうとした。最後まで勝利に執着し、約束の為に何もかもかなぐり捨てて、泥にまみれてもボールに喰らいつく。跡部とはそれなりに長い時間を共にしてきたつもりだが、あんな彼を見たのは初めてだった。それもきっと、異様なまでに手塚に執着する跡部の独りよがりな決意だったのかもしれない。けれど医務室へ運ばれていく跡部を見送った時の感情はうまく言葉にできないが、それでもあの時の気持ちはきっとずっと忘れないだろうと思った。俺は跡部と違い手塚がどこへ行って何をしようと別段興味はなかったし、邪魔するつもりもなければ身を削ってまで背中を押す気もない。ただ俺は、跡部が残した道を守りたかったのだ。
「んー…恩返し、なんてわけじゃないけど」
 そんなに大げさなものではない。この気持ちはどちらかと言えば、母の日だとか敬老の日とかに抱くそれに似ている。コートに入りなさいと告げた審判の声に、今なら俺にもできることがあるかもしれないなんて考えたと知ったら、相変わらずバカだなと笑うだろうか?
「ん…、もう限界…俺も寝かせて」
 ついに今までこらえていた眠気のピークを感じ、靴を脱いでベッドに上がって跡部の横にもぐり込む。男二人なので多少窮屈ではあるが、俺は小柄なほうなのでさしてつらくもないだろう。跡部の顔の位置までもぞもぞと登って、俺が寝ている時にしてくれるように額にかかった前髪をはらい、生え際に小さくキスを二回。これは跡部が外国にいた時に習った、よく眠れるおまじないだそうだ。そうするとおまじないの効果ではなかろうが俺は今度こそ本当に眠たくなってきて、眠る跡部の傍らで背中を丸めて瞼を閉じた。次に目を覚ます時、願わくば彼の声でと小さな祈りを込めながら。

(20110509)