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ふたりが高校生です
信号待ちの道路から待ち合わせの店の中、目的の人物が窓側の二人掛けの席に腰掛けている姿が見えた。未だにその髪色は変わっておらず、人のことは言えないが目立つ頭はこういうとき目印になって便利だと思う。
「よぉ、待たせたな」
急ぎ足で信号を渡り、店に入って声をかける。今来たところじゃと返ってきた言葉になんだか付き合い始めのカップルみたいだと思ったのはふたりとも同じだったようで、なんか気持ちわりいなと言えば仁王もしみじみ頷いた。先に到着しててっきりもうすでに何か食べているのかと思ったが、テーブルにはスクールバッグとコップ一杯の水しか置かれていない。
「あれ、お前まだ何も頼んでねえの?」
「おん、腹減っとらんき」
それだけ言うと着崩した制服で水を飲む。小食なところは相変わらずらしい。
「ふーん。じゃ、俺ちょくら買ってくるわ」
確か10個まで100円になるはず、と携帯に画面メモしておいたクーポンを確認していると、仁王は「相変わらずじゃな」と笑った。
「…にしても、ほんと久しぶりだよなぁ。去年の年末の同窓会以来じゃね?」
俺がトレイいっぱいに積まれたドーナツを持って席に帰ると仁王はうげっと顔を顰めた。それを気にすることなく口に運んでいると、見ているこっちが胃もたれしそうだと口元を覆う。
「ああ、そういやそうじゃな…ちゅうことは、もう一年ぶり以上ってことか?」
「そうなるな。…で、どうよそっちは?」
「別に、特に変わったことはないぜよ。授業も実習や専門的な科目はあるきに、それ以外はたぶんそっちと同じじゃし」
「溶接とかしてんの?」
「まぁ、そういう実習もあるの」
「うわカッケー!」
仁王は中学時代のテニス部メンバーで唯一そのまま高等部には進学せず、付属の工業高校へ行くことを選んだ。理由は本人の興味もあるのだろうが、確か父親が建築関係の仕事をしていると言っていた、将来を考えるとその関係もあったのかもしれない。ほおずえをつく仁王の姿が横のガラスに反射して、うなじに垂れるしっぽが見えた。
「お前が最初そっち行くって聞いたときは、マジびっくりしたけどなぁ。ちゃんと友達とか出来てんのかよ?」
「なんじゃ失礼なやつじゃのう、それなりにおるぜよ」
もう三年通っとるんじゃぞ、と仁王は言った。そう、高校に入って、それなりに楽しみながらもめまぐるしく季節は巡って、俺たちは今三度目の冬を迎えていた。中一のころに出会った俺たちも、次の春には大学生になる。
「あ〜…そうだよなぁ、なんか時間の流れがすげぇ早いっていうかさ…。うん、びっくりだよな」
「なんじゃそれ」
自分でもこの感慨をうまく言葉にできなくて、漠然とした感嘆をもらせば呆れたように笑った。
「いきなり会おうとか言いよるきに何かと思えば」
「んだよいいじゃねえか、むしろこの俺に誘ってもらえたことに感謝しろぃ」
「へいへい」
それから俺はチョコにストロベリーに甘いドーナツをかじりながら、仁王はちびちび水を飲みながら、ただずっと近況報告を交えた他愛もない話をしていた。彼女はできたか恋愛はどうだなんてお決まりの話題に加え、かつてのチームメイトの話。柳と柳生がこの間の全国模試で恐ろしいほどの成績をたたき出したこと、真田は中身はもちろん、意外に(というかやっぱり?)見た目も全く変わっておらず、きっとあの頃からすでに完成していたのだろうということ、幸村くんは高校に入って美しさの中にも男らしさが覗くようになり、当時より更にモテるようになったということ。そして話しながら、あの頃部活帰りにみんなで毎日のように訪れていたこの場所で、甘いものが苦手な仁王はよく飲茶を頼んでいたことを思い出した。
そろそろ行くかと腰をあげた頃には、空も朱を通り越して濃紺に近づき、仁王が飲んでいたグラスの水滴も乾ききっていた。トレイを返し、コートや防寒アイテムを身に着け店を後にする。寒がりな仁王の対策は人より厳重で、ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔の半分ほどを埋めていた。
「うう〜、さみぃーっ!」
「プリッ」
はーっと吐き出した白い息がくゆる。つめたく澄んだ冬独特の空気を吸い込めば、鼻の奥がツキンと痛んだ。この時期になると、ただでさえ猫背な仁王の背中が更に丸くなるのも相変わらずで、互いにコートのポケットに手を突っ込んで駅までの道を歩く。
「なぁ、お前大学は戻ってくるんだろぃ?」
立海は高校こそ普通科と工業高校に分かれているが、外部進学するもの以外は大学で合流するようにできている。俺が今日仁王に会わなければいけないと思った理由はこれだった。
「おん、そのつもりじゃ」
「へぇ、じゃあ今度こそみんな揃うんだな」
「そういやそうじゃの」
またよろしゅう頼むと仁王は笑った。けれど俺は、その言葉は嘘だと思った。
きっと仁王は、大学へは行かない。
仁王には恋人がいた。相手は千歳とかいう、中学時代知り合った男だ。そいつは関西の学校の生徒で、知る限りでは俺たちとの関わりなど全国大会後の高校生との合同合宿くらいしかなかったと思う。それでも仁王とそいつはいつのまにか言葉を交わして、いつのまにか仲良くなって、いつのまにか恋人として付き合いを始めていた。仁王もさることながらその千歳という男もまた掴みどころのない奴で、ふたりが付き合い出したと風の噂で聞いた時は、普通科へ進学した俺たち全員心底驚かされたものだ。(でも幸村くんだけは薄々感づいていたようだった)
「ほんとかよ、お前の言うことだからイマイチ信じらんねぇー」
「俺は騙しはしても嘘はつかんぜよ?」
「よく言うぜ」
きっと俺はその時、未来を変えられるかもしれない鍵を握っていたのだと思う。たった一言言えばよかったのだ、『それ自体が嘘なのだろう?』と。けれど俺は、その鍵をそっとポケットに仕舞うことを選んだ。
「じゃあさ、テニスサークル入ろうぜ。飲み会多いとこじゃなくて、結構ガチなとこ」
幸村くんも真田も柳生もジャッカルも柳もみんな誘って、一緒にテニスをしよう。
「そんでその次の年に赤也が入ってくんだ。アイツ、結局三強に一勝もできなかったからなぁ」
だからまたみんなで、と言えば、仁王は目を細めて笑った。鼻が少しだけ赤い。
「それはまた楽しそうじゃな」
「だろぃ?」
心のなかでは、もう仁王の気持ちを変えられないことはわかっていた。いくら思い出話をしたところで、俺は所詮ただの友達で、その決断に口を出す権利はない。そもそもこの考え自体根拠がなく突拍子のないものだと言われればそれまでだけれど、こういう時の勘は当たるものだ。
そうこうしているうちに駅へ着き、別れの時が来る。俺の家と仁王の家は逆方向だから、改札で別れなければいけない。
「んじゃあここで」
「おん」
荷物を背負い直し背を向けたところで「ブンちゃん」と名前を呼ばれた。かつて毎日のように呼ばれていたその呼び名が、今はひどく懐かしかった。
「なんだよ」
「いや、大したことじゃないんじゃが…今日は会えてよかったぜよ」
ありがとさん、という言葉に、予感であってほしかったことが俺の中で確信へと変わっていく。ああ、やっぱり仁王は遠くへ行くのだ。俺の知らない、誰も知らないような遠いところへ。だってこいつがいつでも会える相手に礼なんて言う殊勝な奴ではないことを、俺は嫌というほど知っている。
「別に、それこそ大したことじゃねぇよ。また会えんだろぃ」
「…そう、じゃな」
「おう。じゃあまたな」
「おん、また」
毎日毎日無条件に顔を付き合わせていた頃のようにあっさりと別れ、それぞれのホームへ歩き出す。けれど俺達の「また」は、そのしっぽすら見えない遥か遠いところにあった。
(…まぁ、生きてればいつか、って漫画でもよく言うしな)
ポケットに手を突っ込んで電車を待っていると、指先に固い何かが当たるのを感じた。さっきまでは何もなかったはずなのに。不思議に思って取り出すと、姿をあらわしたのはとても見慣れたものだった。
「ガム…?」
それは俺が普段から好んで食べている銘柄で、ここに入れていたっけと疑問を抱きながら一枚取り出そうとすると、パチンと勢い良く音を立て跳ねたバネに指を挟まれる。
「イッテェ!」
驚いて思わず地面へ落としてしまった瞬間、頭にある光景がフラッシュバックする。そう、これははじめてじゃない。確か俺は同じ手口に何度も引っかかって、その度にアイツは「懲りんのう」としたり顔で笑って――
「…ハハッ、はっ…!何してんだよアイツ、マジガキくせぇー…」
落としたおもちゃを拾って、もう一度ポケットに仕舞う。今頃電車でほくそ笑んでいるのだろうか?こんな時まで、アイツは本当にバカだった。
そして俺は未来を変えられなかった代わりに、バカで、狡賢くて、器用なのにどこまでも不器用なアイツが、どこへ行っても笑っていられるように祈るのだ。アイツはバカで、狡賢くて、器用なのにどこまでも不器用な、俺の大事な友達なのだから。いつか導いてくれるだろう鍵は、ポケットの中で確かに息づいている。
そして仁王が姿を消したと聞いたのは、卒業式翌日のことだった。
(20110609)
ふたりで生きられる世界を探しに行くちとにお。
本当は親をはじめ誰にも何も言わず行くつもりだったんだけど、何かあったときの為に、お互いたった一人だけ事情を話してお別れを言っていいことにしよう、って決める。それで千歳は白石を選ぶんだけど、仁王くんはきっと誰にも言わない。
ふたりで綺麗なものも汚いものもたくさん見ることになるけど、つないだ手は離れない。
そしてブン太がされたように、仁王くんの鞄にはブン太がこっそり入れたドーナツが入ってる。3Bの距離感が本当に大好きです。
あとひとりだけ工業高校行っちゃう仁王くんが書きたくて…仁王くん